雪恐怖症から除雪車愛好家へ:冬の原野で見つけた至福の時間

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雪との出会いと苦手意識

かつて私は雪が苦手でした。ニューヨーク州のこの地に移り住んだ当初、冬の訪れは重い雲と共にやってくる憂鬱でしかありませんでした。吹雪は交通を麻痺させ、計画を台無しにし、家の前に不気味な白い壁を築き上げるだけの存在だったのです。しかし、この数年間の比較的雪の少ない冬を経て、今年は状況が一変しました。何度も訪れる大量の降雪が、私の冬に対する認識を、そしてある機械との関係を永遠に変えることになったのです。

除雪車という意外な楽しみ

転機は隣人の除雪車でした。大雪が続いたある日、彼が「試してみないか」と声をかけてくれたのが始まりです。最初はおずおずと座席に座り、レバーやスイッチの説明を受けるうちに、ある種のワクワクが込み上げてくるのを感じました。エンジンをかけ、ヘッドライトが真っ暗な早朝の雪原を照らし出す。その瞬間、雪はもはや障害物ではなく、私が「整理」できるキャンバスに変わったのです。

機械と自然が織りなす調和

除雪車を操作する楽しみは、単なる破壊作業ではありません。フロントの大きなブレードが新雪をなでるように押し、きれいな道筋が現れる。その繰り返しには、驚くほどの静けさと達成感があります。プロの除雪作業が長時間労働やストレスを伴う過酷な仕事であることは承知しています。何キロにも及ぶ幹線道路や駐車場を、時間との戦いの中で処理するのは並大抵のことではないでしょう。

しかし、私が味わっているのは、あくまで個人の領域での、純粋な「作業の喜び」です。自宅前の私道や隣人宅のアプローチといった小さな範囲を、自分のペースで整えていく。雪の重さをブレードで感じ取り、ハンドルを切る角度で雪の行き先を決める。それは一種の瞑想にも似た、没頭できる時間なのです。

冬の景色を見る新しい目

今では、天気予報で雪雲のマークを見つけると、かつての憂鬱ではなく、少しばかりの期待を覚えます。次の「除雪セッション」はいつ始まるだろうか、と。雪恐怖症は、いつの間にか除雪車への情熱へと昇華していました。冬の厳しさの中に、これほど心躍る活動が潜んでいるとは。雪は今、私にとって単なる気象現象ではなく、季節がもたらす特別な遊び相手になったのです。

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