自転車通勤が変えた物流の未来 NASA技術者が偶然発見した空気抵抗の秘密

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日常の違和感が生んだ大発見

1973年、あるNASA技術者の日常が、世界の物流効率を変えるきっかけとなりました。エドウィン・J・サルツマンは、カリフォルニアのドライデン飛行研究センター(現ニール・A・アームストロング飛行研究センター)へ自転車で通勤する中で、ある不思議な現象に気づきます。大型トラックが横を通過する際、まず側方へ押し出されるような圧力を感じ、その後、車両後方に強く引き寄せられる感覚を何度も経験したのです。この日常的な「違和感」が、航空工学の知見を地上輸送に応用する画期的な研究の始まりでした。

航空技術の地上への転用

サルツマンはこの現象を、航空機の空気力学における「抗力低減」の課題と結びつけて考えました。当時の大型トラックは、運転席後方の角ばった形状から生じる大きな空気の渦(乱流)により、膨大な空気抵抗を受けていました。この抵抗は燃費を悪化させ、輸送コストを押し上げる主要因となっていたのです。サルツマンは、航空機の設計で用いられる流線形(ストリームライン)の概念をトラックのキャブ後部に応用できないかと考えました。

画期的な「エアロダイナミック・デバイス」の誕生

研究室に戻ったサルツマンは、風洞実験を開始します。トラックの運転席後方に、なだらかな曲線を描くカバーや突起物を取り付けることで、空気の流れを滑らかに導き、乱流の発生を大幅に低減できることを突き止めました。このシンプルな追加装置は、トラック後方に発生する低圧域を縮小し、引き寄せる力を弱める効果がありました。実験の結果、このデバイスにより空気抵抗が最大15%も減少し、燃費が大幅に改善される可能性が示されたのです。

産業界に与えた計り知れない影響

この偶然から生まれた発見は、自動車産業、特に物流・輸送分野に革命をもたらしました。今日、世界中の高速道路を走る多くの大型トラックのキャブ上部に見られる「ルーフフェアリング」や、トレーラー間の隙間を埋める「ギャップフィラー」、トレーラー後部の「テールフィン」などは、全てこの研究が礎となっています。これらのエアロダイナミクス技術は、年間数百万トンものCO2排出削減と、膨大な燃料費の節約に貢献しています。一技術者の鋭い観察眼が、地球環境と経済の両面で持続可能な輸送システムの実現に繋がったのです。

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