クライアントと、彼女の「調子がおかしい」プジョー3008 1.6
先月10日、12月の寒い日だった。お客様は30代の女性で、お子さんを幼稚園に送った帰りにそのまま来店された。「エンジン警告灯が点いたまま消えない。でも水漏れもしてないし、オーバーヒートもしてないみたい…」と心配そうな顔。確かに、ラジエーターのリザーブタンクは規定レベルだ。最初は「単なるセンサーの誤作動か、EGR周りのありがちな不具合かな」と軽く考えていた。走行距離は15万km。この年式と距離なら、EGRバルブやクーラー自体が詰まっている可能性も十分ある。
スキャナーを繋ぐ前に気づいたこと
アイドリングは少し荒い気がする。でも、明確なミスファイアやパワーダウンはない。ヒーターはちゃんと温風が出る。ラジエーターファンも、エンジン温時には回転しているのが見えた。一見、すべて正常。ここが落とし穴だったんだ。
俺の診断方法(ステップバイステップ)
ステップ1:スキャンと「あれ?」という瞬間
プロ用スキャナーを繋いでコードを読む。出てきたのはP1484 – クーラントレベル調節弁の制御。確かにプジョー/シトロエンの1.6エンジンで見るコードだ。でも、クーラントレベルセンサー自体のコード(P1485とか)じゃない。これは「制御」の問題。データリストを見ると、EGRクーラーバイパス弁の指令値は出ているのに、実際の弁開度が「0%」で固定されている。これが決定的な手がかりだった。
ステップ2:多くの人が忘れる「あのテスト」
アクティブテストでバイパス弁を「開」「閉」と操作してみた。…無反応。弁から「カチッ」という音も一切しない。ここで、単なる弁の故障か、電気の問題かを切り分ける必要がある。配線図を確認し、バイパス弁のコネクターを外した。そして、ピンにテスターを当てて、アクティブテスト中に電圧が来ているか確認。結果、ECUからの指令電圧(パルス幅変調信号)は正常に来ていた!ということは…。
ステップ3:回避できた「大ハズレ」の修理(ラッキーだった)
最初、僕は「バイパス弁そのものが固着か故障だ」と思い、在庫があるか確認しそうになった。過去にも同じコードで弁を交換して直したことが何度かあるからだ。でも、この時はデータリストの「開度0%固定」と「指令電圧は正常」という矛盾が頭をよぎった。もしここで深く考えずに「P1484=バイパス弁交換」と決めつけて部品を発注していたら、お客様に無駄な出費をさせ、信頼を失うところだった。部品を替えても治らなかったら、次はECUを疑うなんてことになりかねない。
ついに発見した、本当の問題
「指令は来ているのに動かない」。これは「道中で指令が失われている」可能性が高い。コネクターから弁本体までの、たった30cmのワイヤーハーネスを目視で追いかけてみた。エンジンルームの奥、EGRクーラーの下の方でハーネスがフレームに固定されている部分があった。そこをよく見ると…配線被覆がわずかに擦り切れ、中の銅線がポキッと切れているのが見えた!エンジンの振動で長年擦れ続けた結果だ。これだ!「ユーリーカ!」(わかったぞ!)。バイパス弁は無傷だった。
必要な部品(そして節約できた費用)
- 修理用電線とスリーブ: 約500円
- ハーネステープ: 既存在庫
- 作業時間: 診断込みで2.5時間
- 総額(概算): 診断料+修理料で 22,000円 税込
もしバイパス弁(純正で約3万円)とクーラント交換まで安易に提案していたら、費用は5万円以上になっていた。お客様は大助かりだ。
この修理が俺に教えてくれたこと
10年ほど前、同じようなコードで、似たような「指令はあるが動作しない」症状の車があった。あの時は頭でっかちに「ECUのドライバーが死んでる」と早合点し、高額なECU交換を提案してしまい、結局は配線不良だったことが後で分かった苦い経験がある。あの時の恥ずかしさと後悔が、今回は「まず電気回路を最後まで追え」と自分に言い聞かせてくれた。
今では全てのP1484に対して行う俺のプロトコル
- プロ用スキャナーでデータリストを必ず見る:「指令値」と「実際の値」の乖離がないか確認。これが全ての始まりだ。
- 工場内の秘訣:ブザーテスト: バイパス弁のコネクターに12Vのブザー(またはテストランプ)を仮配線する。アクティブテスト中にブザーが鳴ればECU側の回路は正常。鳴らなければ断線を疑え。
- 時間とお金の節約法: 新しい部品を注文する前に、その部品に「指令が確実に届いているか」を電気的に証明せよ。これで誤発注が激減する。
今では全てのお客様に伝えるアドバイス
「エンジン警告灯が点いても、すぐにパニックにならないでください。まずは診断を。特に『クーラント関連』の警告は、実際に水が無くなる前にコンピューターが教えてくれる『前兆』の場合もあります。点灯したら、水温計を確認しつつ、すぐに点検できる場所に来てください。小さな配線の修理で済むかもしれないんですから。」
お客様の反応と、この物語の教訓
修理後、お客様に「バイパス弁は新品同様でした。配線が擦り切れていただけですよ」と説明すると、とても喜んでくれた。「他のお店なら、高い部品代を請求されていたかもしれませんね。ありがとうございます」と言われた言葉が、一番の報酬だ。彼女は先日、定期点検で戻ってきてくれた。信頼は、こうした「正直で正確な診断」の積み重ねでしか築けない。故障コードは「答え」ではなく、「謎解きの最初のヒント」に過ぎないんだ。それを忘れずに、明日もボンネットを開けよう。